【画像】なでしこジャパン 田中陽子選手のプロフィールと経歴【かわいい】

【画像】なでしこジャパン 田中陽子選手のプロフィールと経歴【かわいい】

2012年、日本で行われたU-20女子ワールドカップで『ヤングなでしこ』の一員としてブレイクした田中陽子選手。

可愛らしいルックスで話題になりましたが、大会を通じて6ゴール2アシストと大活躍をしました。

そんな田中陽子選手のプロフィールと経歴をどうぞ。

田中陽子

田中 陽子
(タナカ ヨウコ)

生年月日:1993年7月30日

年齢:24歳

出身:山口県山口市小郡

身長:157cm

体重:47kg

血液型:O型

愛称:よーこ

所属チーム: ノジマステラ神奈川相模原

ポジション:MF

背番号:20(ノジマステラ神奈川相模原)

利き足:右足

自己アピール:ミドルシュート

得意料理:鶏肉のケチャップ煮

マイブーム:車の運転

田中陽子18歳のとき

出身小学校学校:山口市立小郡小学校
出身中学校:楢葉中学校(JFAアカデミー福島)
出身高校:三島長陵高等学校(JFAアカデミー福島)

2011年福島第一原子力発電所事故以前、JFAアカデミー福島所属の学生たちは楢葉中学校(男子は広野中学校)、富岡高校に通学していた。
現在、JFAアカデミーは御殿場高原時之栖に移っており、学生たちは御殿場市立富士岡中学校と静岡県立三島長陵高等学校に通学している。

学歴
山口市立小郡小学校 ? 楢葉中学校 ? 福島県立富岡高校 ? 静岡県立三島長陵高等学校

所属クラブ
FCレオーネ ? JFAアカデミー福島 ? INAC神戸レオネッサ ? ノジマステラ神奈川相模原

代表初出場
2013年3月6日、アルガルベカップ2013 ノルウェー戦。

田中 陽子選手の経歴

5歳でサッカーを始める。

小学校時代はレオーネ山口(現:レノファ山口FCアカデミー)に所属。

(リオ五輪代表、川崎フロンターレの原川力と同チームでプレイ、学校は違うが同い年)

2006年
山口市立小郡小学校を卒業後し、日本サッカー協会運営の中高一貫教育のエリート選手育成機関『JFAアカデミー福島』に1期生として入学。

2008年
岩渕真奈らと共に、飛び級でU-17女子W杯に選出される。(当時15歳)

2010年
再びU-17女子W杯に選出され、全試合にスタメン出場。
中盤やや下がり目のボランチながら6試合で4ゴールを挙げる活躍をし、日本の準優勝に大きく貢献した。

田中陽子 U-17

2012年
『JFAアカデミー福島』を卒業。
INAC神戸レオネッサに入団。

入団会見は、同期の京川舞仲田歩夢と共に行う。

仲田歩夢、京川舞、田中陽子

3月15日、日韓女子リーグチャンピオンシップ高陽大教ヌンノピ戦でINACでの公式戦に初出場。
6月23日、なでしこリーグカップの福岡J・アンクラス戦で公式戦初ゴール。

8?9月、日本で行われたU-20女子W杯で『ヤングなでしこ』の一員としてブレイク。
6ゴール2アシストという大活躍をし、銅メダル獲得に大きく貢献。

田中陽子 U-20スイス戦

2013年
アルガルベカップ2013(ポルトガル)に出場するサッカー日本女子代表に選出。

3月6日のノルウェー戦で、A代表初出場。

田中陽子 アルガルベカップ2013ドイツ戦

(3月9日ドイツ戦、後半から出場し、ドイツ選手と競り合う田中陽子)

2014年
山口ふるさと大使に就任。

2015年
ノジマステラ神奈川相模原へ移籍。

田中陽子 ノジマステラ移籍会見

スポンサーリンク

田中 陽子選手のプレースタイル

小柄ながら、力強いドリブルや強烈なミドルシュートが武器。

左右両足から正確なプレースキックを蹴ることができるゲームメイカーです。

主にトップ下、または攻撃的なボランチとしてプレーし、ゴールに向かうプレーが田中陽子選手の最大の魅力です。

田中陽子 U-20女子W杯スイス戦

田中 陽子選手の現在

2012年、INAC神戸レオネッサへ入団したものの、それから3年の間、充分な出場機会を得られませんでした。

特に2014年はINAC自体も不振に陥り、田中陽子選手自身もリーグ戦、カップ戦を含めて15試合の出場に留まり、得点を挙げることができませんでした。

試合でしか見につかない経験や技術もありますから、出場機会を求めて移籍するというのは選手にとって大きな問題です。

スポンサーリンク

田中陽子選手は、2020年の東京オリンピックでメダルを獲得するという目標を掲げています。

その目標へ向けて自身が成長するにはどうしたらいいかと考えたときに、移籍という選択肢が浮かんできたのは自然なことだったようです。

田中陽子 ノジマステラ

ノジマステラ神奈川相模原に決めた理由は寮、グラウンド共にしっかりしていて環境面が良いこと、それから菅野将晃監督の存在があったからだそうです。

まず、環境面ですが、JFAアカデミー時代のチームメイトである吉見夏稀選手がノジマステラにいて、話を聞いていたことが大きかったようです。

プロ契約ではないので、午前中はデジテル家電専門の量販店ノジマで正社員として働くものの、午後からはサッカーの練習に専念できます。

練習グラウンドの横に寮があり、サッカーに専念することができるという絶好の環境に惹かれたそうです。

そして移籍を決めたもう一つの理由は、菅野将晃監督の存在でした。

菅野将晃

(ノジマステラ:菅野将晃監督)

菅野将晃監督は以前、TEPCOマリーゼ(東京電力女子サッカー部マリーゼ、2011年休部)の監督を務めていました。

TEPCOマリーゼはJヴィレッジを本拠地としていたので、田中陽子選手が当時所属していたJFAアカデミー福島の選手と練習試合などを通じて交流がありました。

そのため、菅野監督は田中選手のプレースタイルをよく知っていて、かつサッカー観が似ていることを互いに認識していたようです。

どうやら素晴らしい環境でサッカーをしているようですね。
これからの彼女に期待が持てます。

ちなみに、田中陽子選手は午前中、ノジマ本社の人事採用グループで、面接に応募してくる方の時間や場所を決めたり、パソコンで資料作成したりといった事務作業に従事しているそうです。

田中陽子 勤務中

田中 陽子選手の動画

【なでしこ】“ポスト澤”田中陽子 会社員との両立 “2部へ移籍”その真相・・・

田中陽子選手のプレー集はコチラ

【動画】なでしこジャパン 田中陽子プレー集【かわいいサッカー選手】

スポンサーリンク
スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です