【画像】なでしこジャパン安藤梢選手のプロフィール【かわいい】
2015/8/15
プロフィール、経歴

澤穂希選手が6大会連続のW杯出場と報道されていますが、その陰に隠れて安藤梢選手も4大会出場(99年ノルウェー、07年中国、11年ドイツ、15年カナダ)です。
長く続けているだけでは代表に選ばれるわけではないので、いかに安藤選手がずっと一線で活躍しているかわかりますよね。
安藤梢選手のプロフィール

安藤梢
(あんどう こずえ)
生年月日:1982年7月9日
年齢:33歳
出身:栃木県宇都宮市
身長:164cm
体重:55kg
血液型:A
愛称:あんち、あんこず、ずーちゃん、こずこず
所属チーム:1.FFCフランクフルト
ポジション:MF、FW
背番号:14(1.FFCフランクフルト)

利き足:右足
出身中学校:宇都宮市立陽北中学校
出身高校:栃木県立宇都宮女子高校
学歴:
陽の丘幼稚園⇒宇都宮市立豊郷南小学校⇒宇都宮市立陽北中学校⇒栃木県立宇都宮女子高等学校 ⇒ 筑波大学 ⇒ 筑波大学大学院人間科学研究科(休学中)
安藤梢選手の経歴
小中学校時代
父、寛さんの影響で3歳の頃からボールを蹴り、幼稚園の頃からサッカークラブで男子に交じってプレー。
小学6年生の夏、宇都宮JFCジュベニールの一員として全国少女サッカー大会に出場し優勝。自身も大会MVPを獲得

宇都宮市立陽北中学校では女子サッカー部ではなく、男子サッカー部の練習に参加。
同時に河内サッカークラブジュベニール(クラブチーム)に在籍。
このチームの後輩には鮫島彩がいる
中学3年時には、ベレーザ(現=日テレ・ベレーザ)の下部組織、メニーナの練習に参加していた。
高校時代(1998年?2000年)
県下屈指の進学校、栃木県立宇都宮女子高等学校サッカー部に在籍。
高校1年の冬、アメリカで行われたアディダスカップのU-18日本代表で活躍した。

1999年
A代表代表初召集 フランス戦(1999.03.24 国際親善試合)。
A代表デビューはFIFA女子世界選手権(現在の女子W杯)アメリカ大会、ノルウェー戦(6月26日)。
(日本は2敗1分で予選リーグ敗退)
2000年
栃木県選抜で全日本女子ユース (U-18)サッカー選手権大会準優勝
筑波大学時代(2001年)
筑波大学女子サッカー部に所属、男子サッカー部の練習にも参加
さいたまレイナスFC時代(2002年?2004年)
2002年
筑波大学女子サッカー部を退部し、L・リーグ (現なでしこリーグ)のさいたまレイナスFCに入団。
入団初年度から出場機会を与えられ、シーズン終了後Lリーグ新人王を受賞した。
2003年
韓国、大邱で行われたユニバーシアードで銀メダルを獲得(優勝は北朝鮮、スコアは日本0-3北朝鮮)
(後になでしこジャパンで共にプレーする近賀ゆかりもFWとして出場していた)
2004年
アテネオリンピック出場
L・リーグ優勝。リーグ最優秀選手(MVP)・得点王

浦和レッズレディース時代(2005年?2009年)
2005年
東アジア選手権3位(優勝国は韓国)

2006年
プロ契約選手となる。
2007年
FIFA女子ワールドカップ(中国)に出場。
(日本は1勝1敗1分の勝点4でグループリーグ敗退。日本2-2イングランド、日本1-0アルゼンチン、日本0-2ドイツ)
2008年
東アジア女子サッカー選手権優勝。
AFC女子アジアカップ3位。
(準決勝で中国に1-3で敗れ、3位決定戦でオーストラリアに3-0で勝利)
北京オリンピック4位。
(準決勝でアメリカに2-4で敗れ、3位決定戦でドイツに0-2で敗れる)

2009年
なでしこリーグ優勝。リーグ最優秀選手(MVP)・得点王。
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FCR2001デュイスブルク時代(2009年?2012年)
2009年
渡独後間もなくのドイツ・カップ(DFBポカール)準々決勝のケルン戦に後半27分から途中出場し、初ゴールを決める。

2010年
AFC女子アジアカップ2010(中国・成都)3位、得点王(3得点)を獲得。
(優勝したオーストラリアに準決勝で0-1で敗れ、3位決定戦で中国に2-0で勝利)

2011年
第6回FIFA女子ワールドカップでは、全6試合にFWとして先発出場して優勝に貢献した。

2012年
ロンドンオリンピックで銀メダルを獲得。
(決勝でアメリカに1-2で敗れる)

栃木県出身の鮫島彩選手とともに栃木県県民栄誉賞を授与された。
2013年
1月17日 FCR2001Duisburgが財政難のために破産申請をすることを発表。
チームを退団。
1.FFCフランクフルト時代(2013年?)
2013年
1月、各国、様々なチームから問い合わせ、オファーが届く中、1年半の契約(2014年6月30日まで)で『1.FFCフランクフルト』への移籍を決める。
2013-2014シーズン
ドイツ女子1部リーグ2位(9得点)
女子DFBポカール(女子ドイツカップ)優勝
2014年
2月、1.FFCフランクフルトと1年の契約延長で合意。

2015年
6~7月、ワールドカップカナダ大会、準優勝。
安藤は初戦のスイス戦で殊勲のPK獲得も、左足首腓骨骨折でチームを一時離脱。

安藤梢選手の獲得タイトル
クラブ
浦和レッドダイヤモンズ・レディース
なでしこリーグ(日本女子サッカーリーグ)優勝2回 (2004、2009)
FCR2001デュイスブルク
女子DFBポカール優勝: 1回 (2009-10シーズン)
1.FFCフランクフルト
女子DFBポカール優勝: 1回 (2013-14シーズン)
個人
最優秀選手:2回(2004、2009)
ベストイレブン:6回(2002、2004、 2005、2007、2008、2009)
得点王:2回(2004、2009)
最優秀新人:2002
※DFBポカールとは
女子DFBポカールとはドイツの国内女子サッカーカップ戦のこと。
DFBとはドイツサッカー連盟(独: Deutscher Fusball Bund)の略称。
ポカールとはドイツ語で優勝カップを意味する。
安藤梢選手のエピソード
大学受験
筑波大学受験のきっかけとなったのは、高校1年生の16歳のときらしいです。
アメリカ遠征で、日本がアメリカに0-7の完敗を喫した試合で、アメリカの選手とのフィジカルの差を知ると同時に、何万人もの観客を前にプレーすることの素晴らしさを感じたそうです。
それから同じ年の99年W杯(アメリカ合衆国)のノルウェー戦。
安藤選手は10分程度の出場でしたが、そこでも世界との差を痛感したそうです。
ちなみに99年W杯、日本は予選リーグで敗退しています。
(日本1-1カナダ、日本0-5ロシア、日本0-4ノルウェー)
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こういった経験から世界と戦うために鍛え直そうと決心し、筑波大学受験を決めたそうです。
中山雅史選手、井原正巳選手といった男子日本代表選手が筑波大学に入ってフィジカルの数値が上がったというデータを見たのがきっかけでした。
それから遠征には教科書、参考書を必ず持参、予備校や塾には通わず、学校の図書館で勉強していたそうです。
そういった努力の甲斐あって、筑波大独自のAC入試を受けて合格。
20倍以上の倍率だったそうですから、安藤選手の優秀さが窺えますね。
筑波大学では、スポーツ科学を学び、筑波大学院人間科学研究科に進学。
現在は博士課程でサッカーの戦術能力を測るコンピューターテストを作っているそうです。
安藤梢選手のプレースタイル

キープ、ドリブル、シュートどれをとっても高いレベルにあります。
ポジションはFWかMF。
現代表では、右サイドのMFで起用されることが多いです。
縦への推進力が魅力で、相手DFの裏をつく動きが秀逸です。
その動きを買われて、大橋浩司監督時代の日本代表ではサイドバックとして召集されました。
得点にもこだわりがあると言っている通り、バイタルエリアで果敢に仕掛けるドリブルは相手にとって脅威です。
大学時代からフィジカルを徹底的に鍛え、食事にも気を配っている成果が、豊富な運動量と一見華奢に見えるも当たり負けしないプレースタイルに表れています。
安藤梢選手のゴールをご覧ください。
安藤梢選手の家族
3人きょうだいの2番目です。
上に姉、下に弟がいます。
行政書士事務所に勤務している父、安藤寛さんも中学・高校でサッカー部に所属し、東京農業大学時代は社会人リーグでプレーしていました。
安藤梢選手が幼稚園の頃からプレーを見続け、今でも安藤選手のドイツでの試合をインターネットで観戦しているそうです。
安藤選手が電話をすると、的確なアドバイスをくれ、その中から課題が見つかることも多いようです。
やりたいことをやらせてくれた両親に感謝しているという安藤選手。
ご家族のためにも、再びW杯で活躍する姿を見せてほしいですね。
安藤梢選手の私服画像はコチラです。
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