【画像】大儀見優季(なでしこジャパン)プロフィールと経歴

大儀見優希

日本代表デビュー時にはマスコミから「女版釜本」(釜本邦茂:メキシコ五輪銅メダルの立役者)と呼ばれたこともある大儀見優季選手。

長年、なでしこジャパンのエースストライカーとして前線で決定的な仕事を何度もしてくれました。

もはや、不動のレギュラーと言っていいかもしれません。

W杯前に彼女のプロフィールや経歴をおさらいしておきましょう。

大儀見優季選手のプロフィール

大儀見優季

大儀見優季
(おおぎみ ゆうき)

旧姓:永里

生年月日:1987年7月15日

年齢:28歳

出身:神奈川県厚木市

身長:168cm

体重:60kg

血液型:A型

大儀見優季 ヴォルフスブルグ

愛称: naga

所属チーム:1.FFCフランクフルト

ポジション:FW

背番号:9(1.FFCフランクフルト)

利き足:右足

出身中学:神奈川県厚木市立荻野中学校
出身高校:神奈川県立厚木東高校
出身大学:東海大

厚木市立荻野中学校?厚木東高校?東海大

実兄の永里源気、実妹の永里亜紗乃は2人共にサッカー選手

国際Aマッチデビュー 04年4月22日・五輪アジア予選タイ戦
国際Aマッチ初ゴール 05年5月21日・国際親善試合ニュージーランド戦

国際経験?:?06、08、10年アジア杯、08年五輪、07、11年W杯、12年ロンドン五輪

大儀見優希 ドリブル

大儀見優季選手の経歴

林SC時代、FC厚木レディース時代(1994年?1999年)

兄・永里源気の影響で、小学1年生のころ林サッカークラブでサッカーを始める。
FC厚木レディースを経て日テレ・メニーナ入団。

日テレ・メニーナ時代(2000年?2002年)、日テレ・ベレーザ時代(2001年?2009年)

2000年
中学1年生時、本人が「一生の思い出に残るゴール」と語る、中学生らしからぬ強く速いシュートで、大学生のチームを撃破。

2001年
中学2年生時には背番号10をつけてプレー。日テレ・ベレーザにも同時登録される。

左膝前十字靱帯断裂でリハビリ生活を送る。

2002年
中学3年生時、U-18ユース選手権に出場。
チームは優勝。大会最優秀選手賞を受賞した。

また、日テレでも2試合に出場。L・リーグデビューを飾る。

右膝前十字靱帯を断裂する。

2003年
日テレ・ベレーザに昇格するも、足の故障により出場機会に恵まれなかった。

2004年
アテネオリンピック・アジア予選のメンバーとして日本女子代表に初選出。

大儀見優希 16歳
4月22日のタイ戦で代表戦デビューした。

2005年
5月21日、キリンチャレンジカップ・ニュージーランド戦で初得点。
続く、ロシア遠征での2試合(ともにロシア女子代表と対戦)でも連続ゴール。
更に、東アジア女子サッカー大会2005壮行試合 (対戦相手: オーストラリア) でも得点をあげた。

日本女子代表では最多タイ記録となる国際Aマッチ4試合連続得点を達成した。(他の達成者は1993年の高倉麻子、2003年の澤穂希)

東アジア女子サッカー大会2005に出場。無得点。

この年、Lリーグベストイレブンに選ばれる。

大儀見優希 2005

2006年

東海大学進学。

7月、オーストラリアで行われた2006AFC女子アジアカップでは、チャイニーズタイペイ戦での5得点を含む合計7得点。

同じゴール数の韓国代表、鄭政淑とともに大会得点王になった。

大儀見優希 2006

この年、Lリーグ得点王となり、ベストイレブンに選出される。

2007年
2007 FIFA女子ワールドカップに日本代表の一員として出場。

大儀見 2007W杯

グループリーグ第1戦 (VS イングランド) 、後半86分に磯崎浩美と交代する形で出場。
第2戦 (VS アルゼンチン) では先発出場、後半ロスタイムに決勝点となる得点をあげた。
第3戦 (VS ドイツ) にも先発出場するも、76分に宮本ともみと交代。

2008年
東アジア女子サッカー選手権2008優勝。
AFC女子アジアカップ3位。
北京オリンピック4位。(6試合出場1得点)

北京五輪

北京五輪 女子G組 第1戦 vs.ニュージーランド (スコア、2-2)

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トゥルビネ・ポツダム時代(2010年?2013年)

2010年
1月より、女子ブンデスリーガ1部所属、FF USVイェーナの練習に参加していた。
その後、同リーグ1部所属の1.FFCトゥルビネ・ポツダムへプロ契約での加入が発表された。

大儀見優季 ポツダム

ブンデスリーガ優勝に貢献。(10試合出場6得点)

UEFA女子チャンピオンズリーグ決勝戦に日本人として初出場。(後半21分から)
PK戦でも6人目のキッカーを務め、優勝に貢献。(5試合出場2得点)

3月、東海大学体育学部を卒業。

5月、AFC女子アジアカップ3位。(優勝した豪に準決勝で0-1のスコアで敗退。3位決定戦で中国に2-0で勝利)

大儀見優希 2010

2011年
ドイツ女子W杯、優勝
全試合出場し、1得点をあげる。

大儀見優希 2011W杯

アジア人として初の欧州CLとW杯制覇を達成。

7月
メンタルトレーニングコンサルタントの大儀見浩介氏と入籍したことをブログで公表。

大儀見浩介

これに伴い、日本サッカー協会に対して「大儀見優季」名義での登録名変更を申請。
ロンドンオリンピックから大儀見名義でサッカー選手活動を行うこととなった

独ポツダムでは13ゴールを挙げ、4季連続優勝に貢献。

2012年
6月9日、大儀見浩介氏との結婚披露宴を行った。

大儀見夫妻

7?8月、ロンドンオリンピック銀メダル獲得。
全試合に出場し、チームトップの3得点。

大儀見優希 2012ロンドン

ブンデスリーガ2012-2013年シーズンに18得点をあげる活躍。
得点王に輝く。

チェルシーLFC時代(2013年?2014年)

2013年
7月、イングランドFA女子スーパーリーグのチェルシーLFCへの移籍が発表された。(日本人女子として初)

チェルシーLFCでは、2013?2014シーズンで18試合に出場、5ゴールをあげる。(得点ランキング4位タイ)

大儀見優希 チェルシー

チームは最終節(第14節)、引き分け以上の結果でリーグ優勝だったが、マンチェスター・Cに1?2で敗れた。
その結果、勝ち点26で並んだリヴァプールが得失点差で上回り、チェルシーは2位に終わっている。

ヴォルフスブルク時代(2015年?)

2015年
1月、ドイツブンデスリーガのVfLヴォルフスブルクへ移籍。
契約期間は2017年6月30日まで。

大儀見 ヴォルフスブルグ

5月、ドイツカップ優勝

大儀見優季 ドイツカップ優勝

6~7月、ワールドカップカナダ大会、準優勝

大会、2得点。

ワールドカップカナダ大会、アメリカ戦 大儀見ゴール

8月13日、VfLヴォルフスブルクから1.FFCフランクフルトへ移籍することを発表。

大儀見優季 フランクフルト移籍

2016年

4月6日、夫であり、メンタルトレーニングコンサルタントの大儀見浩介氏との離婚を発表

なでしこジャパン 大儀見優季が電撃離婚 すれ違いが原因!!

大儀見優季選手の獲得タイトル

クラブ

日本 日テレ・ベレーザ
なでしこリーグ(日本女子サッカーリーグ) : 6回 (2001、2002、2005、2006、2007、2008)
なでしこリーグカップ : 1回 (2007)
皇后杯全日本女子サッカー選手権大会 : 4回 (2005、2006、2008、2009)

ドイツ 1.FFCトゥルビネ・ポツダム
女子ブンデスリーガ1部 : 3回 (2009-10、2010-11、2011-12)
UEFA女子チャンピオンズリーグ : 1回 (2009-10)

ドイツ ヴォルフスブルク
女子DFBポカール : 1回 (2014-15)

個人

なでしこリーグベストイレブン : 2回(2005,2006)
なでしこリーグ得点王 : 1回(2006)
ブンデスリーガ得点王 : 1回(2012-13)

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大儀見優季選手の動画

では、動画をいくつかどうぞ。

なでしこジャパン永里優季がピッチで結婚報告している瞬間

2015年7月
なでしこジャパン大儀見優季選手W杯決勝戦後インタビュー

大儀見優季選手のご家族はコチラ

【画像】なでしこジャパン大儀見優季の旦那様とご家族

大儀見優季選手のプレー集はコチラ

【動画】大儀見優季選手のプレー集をどうぞ

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